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  • 執筆者の写真Jyotisha_Ivy


こんにちは!

Ivyです。


すっかり秋めいてきましたよね〜、山はもうすっかり寒いので先日は今シーズン最初の薪ストーブ(暖炉)を焚いてしまいました...。




この暖炉の前でゴロゴロしたり読書するのが本当に幸せな時間。焚き付けしてる時間も結構癒やされます。うちはエアコンがないので冬は基本この薪ストーブだけで家中を暖かくするため、今シーズンもこの薪ストーブさんに頑張っていただこうと思います。火の精霊さんと仲良くしよう...!



さて、今回はインド占星術の前提、根底の考え方について書こうと思います。



魂不滅。生まれ変わりを前提とするカルマ思想



鑑定のイントロ的なトークとして、毎回依頼者さまには

「インド占星術の大前提の考え方」についてお話しています。


インド占星術はバラモン教の聖典ヴェーダの一部であり、ヒンドゥー教の【カルマ思想】が前提となって成り立っています。



「今生で起こることの全ては、過去生のカルマ(行為)の結果」

「全てのことは起こるべくして起こる」


というのが、インド占星術のベースの考え方です。


なのでこのブログを読んでいただいて「えー...?んなわけないじゃん」「過去生なんてあるわけない」と強くお思いの方は、鑑定を受ける側も鑑定をする側も良い結果になりにくいと思いますので、インド占星術の鑑定は受けないほうがお互いのためかな?と個人的には思います。


ただ、私もインド占星術を勉強し、実際に鑑定をしていく中で思うのは


「全てのことは起こるべくして起こるんだな...」

ということです。


過去生についてはなかなか依頼者様とも共通のビジョンを共有しにくい事項ではあるので、

過去生...のくだりはここでは主だって触れませんが、


「全てのことは起こるべくして起こるんだな...」


と思ってしまうのは、依頼者さまの過去の出来事の具体的な時期と、正しい出生時刻(時刻修正検討済み)のホロスコープとダシャーを見比べた時に


「そのまま出てる」


と常に思っているからです。


「当たってる...!」ではなくて、鑑定する側のインド占星術師からすると「出てる!」っていう言葉が一番しっくりきています。(少なくとも私はそうです)


プロフィールにも書いておりますが、私は7歳からタロットをやっており、その後様々な占術を経験してきて2011年から現在までは他の占術を使って占いの執筆を軸に生業を立てているものです。鑑定に関してもインド占星術とは別の術でずっとやっていたのですが、

インド占星術をやりはじめてからは「鑑定はインド占星術一本でやる...!」と決めるくらい、術の性格、性質、世の中に対する役割みたいなものが好きになってしまいました。


※ちなみにインド占星術を大衆向け(雑誌などでのライティングコンテンツ等)にすることはインド占星術の世界的権威であるKNラオ先生が禁じていらっしゃることなので自分がインド占星術を個人鑑定他で使うことはありません。



2011年から自身の使用占術にしていた宿曜27宿は、相性鑑定の部分で生まれ変わりの思想が出てくるので(業胎の関係)そもそも輪廻転生!前世!来世!みたいな考え方は好きだったのでインド占星術にもスーッと入っていったのだと思います。




出来事を粛々と受け止めることの必要性



「今生起こることの全てが過去生の結果だなんて納得がいかない!」

こんな声も聞こえてきそうです。


私もそう思います!(ガタッ)


というか今はそう思ってた、といった方が正しいのですが、そのように思ってしまう方の気持ちはよく分かります。


「なんでこんな不幸な目にあわなきゃならないんだ!?」

「どうして同じような努力をしてるのにあの人のほうが脚光浴びてんだ!?」

「なんでマジ惚れした人は既婚者なんや!?」


とかとか上記は例えですが「なんでこのタイミング?」「どうして報われない?」みたいなことってみんな何かしらあると思うんですよ。


「前世の自分が一体全体なにやらかしたっていうんだよ...?」


って感じですよね。


でもこれ、考えようによっちゃ救いようがあるというか、前世って圧倒的過去で、もうなにも書き換えができないものなんですよ。


インド占星術ではその書き換えができないものがホロスコープに刻まれちゃっていて、なおかつそのホロスコープに刻まれている運命が発現するタイミング(ダシャー)も分かる術です。


人ってうっかり悪いことやいわゆる不幸なことを嘆きがちですが、今生で起こることの全て、なので、今生で起こる良いこともすべて過去生のカルマの結果、ということになります。


だからある意味四の五の言わずに「そっか、私今そういうフェーズか〜」として、起こる幸も不幸もすべて粛々と受け止めたほうが気持ち的に楽なんじゃないか?とも思うわけです。幸せな時は思いっきり幸せに浸ればいいです。


そしていわゆる不幸がやってきた時は「そうか、来ましたか」として受け止めるというか。こういう時の痛みを少しでも軽減するために有効なのがマントラの詠唱(祈り)や奉仕活動だとKNラオ先生はおしゃっています。それらだけが自分の身を助くのだと。


逆に言うと、今生で積んだ全てのカルマ(行為)は来世のホロスコープに刻まれるわけなので、そう思うと今生を、例え不利なゲームだとしてもどんな志で生きるかだと思います。


生まれ変わりの概念が自分の中であるかないか?だけでも、自分の今からの行動は変わってくるでしょう。





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